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2026/6/15
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おせっかいおじさん通信 和食の源流をたどる旅(醤油編) |
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#4 キッコーマンのルーツは紀州だった私は熊野古道を歩くお客様によく質問します。 「キッコーマンはどこの会社だと思いますか?」 多くの方は、「本社は千葉県ですよね」と答えます。もちろん正解です。 しかし、もう一つの答えがあります。 それは、「ルーツは紀州です」 ということです。 前回までお話ししたように、由良の興国寺から始まった金山寺味噌の文化は、湯浅で醤油へと発展しました。 やがて江戸時代になると、人口100万人を超える大都市・江戸で醤油の需要が急増します。 そこで紀州の醸造家たちは、新たな市場を求めて関東へ進出しました。 湯浅出身の浜口儀兵衛は銚子へ渡り、後のヤマサ醤油を築きます。 また、広川や湯浅の醸造家たちは野田へ移り住みました。 茂木家、高梨家、堀切家などの人々です。 彼らは利根川や江戸川の舟運を活用しながら醤油づくりを発展させていきました。 そして1917年、複数の醸造家が力を合わせて「野田醤油株式会社」を設立します。 これが後のキッコーマンです。 世界中の家庭やレストランで使われているキッコーマン。 その原点をたどると、湯浅。 さらにその前には由良の興国寺があります。 私はこの話が好きです。 なぜなら、日高の小さな物語が世界へつながっているからです。 白崎海岸の景色も素晴らしい。 熊野古道の歴史も魅力的です。 でも私はもう一つ、訪れた方に伝えたいことがあります。 それは、「皆さんが毎日使っている醤油の物語は、ここ日高から始まった」 ということです。 旅とは景色を見るだけではありません。 普段の食卓と旅先が一本の線でつながった時、その土地はもっと身近になります。 由良は起源。 湯浅は発展。 そして紀州から関東へ、さらに世界へ。 今日、世界中で使われている醤油の物語をたどると、その原点の一つは私たちの日高にあります。 だから私は、この地域・日高を「和食の源流は日高にあり」と呼びたいのです。 <樽廻船で醤油を江戸へ>
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